英文/和文契約実務セミナー(早稲田大学オープンカレッジ)の一般申し込み受付について

いま、急に雪が降ってきました。
予報では晴れなのに...。

さて、早稲田大学オープンカレッジ(中野校)で 4月から始まる「英文契約実務(基本読解編)」と、 6月の「契約実務(和文契約)」の双方の講義につき、同オープンカレッジ(早稲田エクステンションセンター)のウェブサイト上からの一般申し込みが3月11日(火)に開始されるそうです。
(これまでは、会員のみの受付だったそうです)

本日現在、まだ多少余裕があるようですので、ご希望の方は、11日以降、次のページからお申し込みください。


英文契約実務(基本読解編)のご案内はこちらから

契約実務(和文契約)のご案内はこちらから

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早稲田大学オープンカレッジ中野校(イメージ)


なお、英文契約のセミナーにつきましては、多数の実際の英文を元に、実際の誤訳の例などを織り交ぜながら、英語の読み方と法的な考え方の双方から説明を行う予定です。

また、詳細なレジメを配布する予定ですので、お気軽にご参加いただけると考えております。



 -寺村総合法務事務所のホームページ-

〇 英文契約のページ  
〇 和文契約のページ  
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小学校での英語必修化について


小学生の英語必修化など、政府がまた英語教育について、あれこれ検討を始めたそうです。

小学校5年から、英語を通常の必修教科とし、中学以上では、英語による授業を義務付ける、ということが検討されているようですが、教育現場からは、教師の手があまりに足りないということで、多くのクレームが出ているそうです。

最近、先生に対して新たな課題や役割が押し付けられ、先生の御苦労は大変なものだと思いますが、それは人材と予算の問題としていったん脇へおくとしても、上の教育は、本当に効果的なのでしょうか?

最近、マーク・ピーターセン先生の最近の著書「実践 日本人の英語」を読み直しましたが、あとがきで、ピーターセン先生は、つぎのようにおっしゃられています。

「残念ながら、私が接する大学性の英語力が全体として...少しずつ向上してきているなあ、とはなかなか感じられない。  (中略)
 ひとつだけ最近の日本で、気になっていることに触れたい。
 英語か日本語かにかかわらず、文章の意味をしっかりとつかむ、よく考えて文章をつくる、といった基本的なことがちゃんとできているのかどうか、不安に感じることが増えてきたのである。
 それは学生に限らない。
 このことは単に英語で会話ができるかどうかといった、その場その場のコミュニケーション力の問題というよりもずっと真剣に考えるべき課題だと思う。」

授業を英語で行ったり、小学校5年生という日本語教育の大切な時期に英語教育を開始しようとする現在の議論は、果たして正しいといえるのでしょうか。

私は、英文契約を生業にしていますが、契約である以上、日本語でも英語でも、その内容が明確で自分の意図したことがきちんと反映されていることが契約には大切です。

さらに言えば、契約で実現しようとしているビジネスや業務のやり方が本当に理に適っているのかを判断する目がないと、リスクだらけの契約になってしまいます。

英文契約の交渉業務で重要なのは、華麗な会話力ではなく、地道な論理的作業です。
英語のコミュニケーション力の問題ではありません。
(安易に即決してしまう恐れがあるので、コミュニケーションが中途半端にある方が、契約交渉においては、逆に危険ですらあります)

必要なのは、自国の言葉で、自らのビジネスの内容を具体的に描き、問題点を論理的に追及する力なのだと思います。
そのうえで、その内容を、正しく文章に表現していくことが必要です。

昔から「交渉べた」と日本人は言われてきました。

島国で、生死をかけた他国との折衝を行う必要の少なかったその歴史に原因があるのでしょう。

自分の主張を、感情ではなく、論理的に正しく言うこと。

この訓練が日本人に必要だと叫ばれて、長い時間が経過していますが、それは、決して英会話で達成されるような「コミュニケーション」力ではないと、私は思います。

自国の言葉で論理的に考えられない者が、他国の言語で正しく思考できるとは、誰も思わないでしょう。

ピーターセン先生のおっしゃりたいことと同じかどうかはわかりませんが、先生の最初の言葉は、日本人として胸に刻むべきものだと、私は思います。

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デザインの保護~NBL1020号

26年3月1日号のNBLの特集は、「新たなデザイン保護体系を目指して」と題し、中山先生らがなされているデザイン保護に関する知的財産権横断的な検討を掲載しています。

中山先生によると、意匠出願は、欧米や中国が大きく伸びているにも関わらず、日本では、逆に減少傾向だそうです。

個人的な感想でいえば、意匠=デザインという認知の問題もあると思いますが、一番のポイントは、著作権での保護で十分と考える人が多いのではないかということです。

意匠権は、出願登録が必要であり、また、商標法と同様の考え方で、商品分類ごとに出願することが必要です。
さらに、登録から20年間のみ有効で、商標法とは異なり更新ができません。
加えて、著作権法と異なり、産業財産権法の一つである意匠権は、あくまでも国内の権利にすぎません。

これに比べ、著作権は、無方式主義で、何の申請/登録行為もなく発生し、死後50年という長きにわたり保護されます。
しかも、意匠権と異なり国際的な保護を受けることもできます。

一番手間と金のかからない方法が存在する以上、著作権の保護対象と意匠法の保護対象の区別があいまいな現段階では、なかなか意匠登録件数を増加させるのは、難しいのではないでしょうか?

もちろん、意匠登録件数の少なさが、将来の日本経済に禍根を残す可能性があるのかもしれません。

しかし、著作権法の保護範囲との区別を明確化しようとしても、従来の著作権の保護範囲を変更~縮減することができるとは到底思われません。

また、意匠法と著作権の保護対象における議論で必ず出てくる「応用美術」等に関する「創作性」を云々したところで、学者や専門家しか区別がつかないような判断基準では、社会に受け入れられるとも思われません。

とすれば、著作権とデザインの保護範囲が重複することをあえて認めたうえで、デザイン法独自の保護を受けるメリットを強調するような、新たな法制度が望まれるのではないかと思います。

(少なくとも、デザインは商標と同様の機能を持っているはずですから、更新登録を認めることはできるのではないかと思います。特徴ある形状としての意匠の保護は登録から20年で、もう少し創作性があると死後50年、というのは、納得のいく制度とは言えないように思われます。)

また、逆に、著作権法での意匠、デザイン、形態に対する保護が十分というのであれば、意匠出願件数、登録件数が減っていることのみをもって、日本経済の将来に問題があると判断することは、ひょっとしたら単なる杞憂に過ぎないのかも知れません。

いずれにせよ、NBLの特集としては久々に読んでみたいと思わせるものでしたが、なかなか出口がないようにも思われました。


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