AIにできること/できないことと、英文契約

AIに関する本を読みました。

AIにできること、できないこと---ビジネス社会を生きていくための4つの力
(著者:藤本 浩司氏、柴原 一友氏、日本評論社、2019/2/19刊)
です。

AIが近い将来、又はすぐ明日にでも、人間の仕事に代替していくのではないか、
という恐怖が、徐々に広まっているのではないかと思います。

特に、翻訳という仕事は、いち早くAIの可能性が取りざたされてきた業界だと思います。
随分前から自由に機械翻訳ができる機能があるサーチエンジンもあるようです。
また、契約に関して言えば、結構上手に和訳や英訳をしてくれるAIもあるようです。
料金は、翻訳者の料金とは比べ物にならないくらい、安いですよね。

AIは、恐らく、今後、加速的に、契約書の翻訳により習熟していくでしょう。

では、AIの翻訳があれば、人間の翻訳は、いらなくなるのでしょうか?

翻訳、もっと狭く「法律翻訳」という分野でとらえれば、かなりの部分、かなり近い将来に、AIに取って代わられるかもしれません。

外国の法律、外国の法律論文、外国の判決、外国の法律解説書、などの英文和訳は、通常の論文等の翻訳と同様、翻訳という作業には「推測」という作業をすることが許される領域であり、また必要でもあります。

これはどういうことかというと、例えば、論文や書物といった英文の中に単語ミスがあったり、構文の誤りがあったり、あるいは一義的に解釈できないような単語が使われていたとします。
この場合、翻訳家は、前後の文脈から「推測して」、適切と思われる訳語を当てはめていくことになると思います。
その誤りや不明確な部分を、「ここはおかしい」といって和訳に注記する翻訳家は、いないでしょう。
この推測とか類推という作業があるため、これまでの機械翻訳ではなかなかうまくいかない場合も多かったのではないかと思います。
しかし、AIの現状を見ると、AIが学習を積むことにより、この推測という機能がかなり充実してきているのではないかと思います。
特に、AIは、狭い領域に関して学習を積ませることができれば、高い能力を発揮するという性質を持っているようです。
学問分野を指定したうえでAIを特定の分野に習熟させることができる、という意味で、法律分野などの専門分野に関する翻訳は、むしろAIに適合的なものとも考えられます。

では「契約」に関する翻訳は、どうでしょう?

それが「過去の契約」や「他社の契約事例」を翻訳する場合、AIで対応できる場合は相当広いでしょう。 (但し、英語がめちゃくちゃな場合は別ですが)

また、「日本語の原案を英文に翻訳する」場合も、日本語が英語の文法上の要求をきちんと踏まえて作成されているのであれば、きちんとした英文に英訳してくれる可能性が高いでしょう。

しかし「これから締結しようとしている契約」の場合は???です。

契約は、それが当事者の権利と義務を定めるものです。
日本語の契約では「本契約に関する疑義は誠実に協議の上解決する」という定めがされているのが普通ですが、これは、意味のない条項と解されており、契約に関し紛争が生じれば、国際契約でも国内契約でも、裁判で決着をつけるか、裁判になる前に和解、あるいは「我慢・忍従」が必要となるなど、大きな損害が生じてしまいます。
(契約当事者間で紛争になった場合、両当事者共に必ず損をします。裁判で勝っても儲かることはありえません)

従って、その契約の文言がどのようなもので、文言を自分に不利に解釈された場合にどのような判断がされる恐れがあるのか(ないのか)ということを、翻訳という作業を通じて、明らかにしていくことが、まず必要になります。

これを作業という点からみると、これから締結しようとしている契約の翻訳は、
 1)正しく和訳する
という当たり前のことに加え、
 2)契約に文法上のミスや誤植があれば、それを指摘する、
 3)文章上のあいまいな箇所、前後(前の条文などと)矛盾する箇所があれば、その指摘をする
ことが必要となります。
会社から委託を受けた外部の翻訳家としては、少なくとも、文法上の誤りや、あいまいな表現(一つに特定できない表現)を指摘していくことが、必要だと思います。

つまり、この2)や3)の作業では、上で書いた「推測」という作業は、むしろやっていはいけないことになるわけです。

ただ、もっと言えば、この「推測」という作業にも、「誰でも同じように推測するであろう」というレベルのものもあれば、「善意に考えられば、筆者はこのように書きたかったのだろう」というレベルのものもあるでしょう。契約でも、前者などの推測は必要となります。例えば、代名詞の具体的な内容が前後から特定できる場合、それはやはり推測という作業ですが、必要なものです。

このような「これから契約を締結する」というステージにおける翻訳には、上記を踏まえたある意味で「微妙な」推測のバランスをとっていくことが必要になります。

契約は、誰が解釈しても同じ意味になるように規定されることが、なにより大事です
ですから、代名詞の使用はできるだけ避けるべきではありますが、しかし、すべてをなくすこともまた不可能でしょう。
かといって、あいまいな書き方がされた代名詞が存在することは、契約の明確さを損なうことになります。

例えば、「Any and all defect of Goods shall be identified in its document. (商品の瑕疵は、その書面で特定されなければならない)」という文章(A)で、"its"が何を表しているのかが明確かどうかが、ポイントになります。
例えば、その直前の文章(B)で、「買主は遅滞なく発見した瑕疵を売主に報告しなければならない」と書かれている場合、A文の「書面」は、通常、この「報告」を行った書面だろうと考えられます。

しかし、契約によっては、上記の直前の文章がなく、前後の離れた条項で売主は、買主から報告された商品の瑕疵を書面で確認するものとする」といった記載がされているものもあります。この場合、A文の「its document」は、ひょっとすると「売主」の確認書面を言っているのかもしれません。

上記の例でいえば、前者の場合、即ち通常の契約で見られるような「買主の報告義務」が前段に記載されているのであれば、「推測」しても問題ないし、むしろそのように推測して「その=買主の」と翻訳すべきです。

しかし、後者の場合のように、「売主が書面で確認した場合に限り、瑕疵に対応する」といった内容が記載されている場合、翻訳者は、「推測」をするべきではなく、むしろ「不明確である」という指摘をすべきであろうと考えられるのです。

AIが、このような「推測」の微妙な使い分けをできるようになるには、上記の本を読んだ感想としては、まだ相当な時間がかかるように思われました。
ただ、だからといって、人間の翻訳者が安閑としていられるわけではないようにも思います。
契約を翻訳する場合には、特に、これから締結を検討している契約に関し、上記のようなAIでは難しい「指摘」を行うために、契約という文章の性質、考え方を踏まえて技術を磨くことが必要であろう
と感じた次第です。

*なお、翻訳家は、契約文書などの「権利・義務を規定する文書」に対して、法律上のアドバイスを行うことは法律で禁止されています。契約をどのように修正していくべきかという点まで踏み込むには、翻訳作業としてではなく、それが認められている弁護士又は行政書士として仕事をすることが必要となります。

所詮、AIは、人間に奉仕するものです。
意思決定は、人間がするものです。
AIは、(今のところ)所詮、人間が決めた課題の解決に適用できるだけであり、AI自らが課題を解決するわけではありません。
怖がらずに、しかし侮らずに、AIの良いところを利用しながら、前へ進んでいきましょう。





-英文・和文契約書の専門事務所-
寺村総合法務事務所


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