Experience is the altered name of mistake.

表題の文章は、オスカーワイルドの言葉を拝借したものです。

本来は、”Experience is the name everyone gives to their mistakes."
です。意味は難しくはないと思いますが、一応訳すと
 「経験とは、誰もが自らの過ちに対して命名する名前である」
です。

オスカーワイルドの言葉に基づくと、「経験豊富!」、「経験がすべて!」と色々な部分で強調文字などで多数書かれている私の新しいホームページは、裏を返せば、私はこれだけ「過ち」をしたぞ、っていう主張を繰り返していることになります...(これは困った...)

契約書について(お客様にはあまり言わないで欲しいのですが..)、誤りのある英文を作成してお送りしたことが全くないとは、とても申し上げられません。

後で見ると「どうしてチェックの時に見逃したのだろう?」と不思議に思うほど明らかなミスというのもありました。お恥ずかしい限りです。

まあ、そのおかげ、つまり失敗を沢山させていただいたおかげで、「経験」という名の収穫物が納屋や倉庫や押し入れに積み重なっている訳ですから、ありがたいことではありますが...。

ここで、私の最大の失敗談。

内容は社内限定の秘密情報ですので、細かく話すことはできませんが、先方(メーカー)に大きな設備投資をして頂いて物を作ってもらっていたにもかかわらず、契約更新を無下に拒絶してしまったため、先方から賠償請求を受けた、という事案があり、私が当の契約書の審査担当だったということです。

事業担当の先輩が契約更新を拒絶しようとしていることを、私はほんの小耳にはさんだだけでしたが、「たとえ小さい耳であろうと情報を挟んでいたのなら、なぜ契約更新拒絶を止めさせなかったのだ!」と上司に罵倒され、上司が走り回って何とか政治的決着を図ったらしいです。
(その上司、今は、東大法学部の現職教授になっています。この一件以来会っておりませんが...。)

契約上の信義則というのは学問上の話だと思っていましたが、この一件から、急に「親しみ」を覚えるようになりました。

同時に、契約締結上の過失の理論(内田先生流にいうと「契約プロセス理論」)も研究する必要性を覚えました。

特に、この契約締結前の契約プロセス理論については、昭和の終わりごろから最近に至るまで興味深い判例が数多く出ています。

私の失敗は、まさに時流に乗った失敗(?)だったということでしょうか。

だから、きっと、時流にのった、つまり現代が求める貴重な「経験」が納屋に積まれていて、ここぞという時に、それが助けてくれるものと、密かに祈っております。
ただし、

"Difficulty is, for the most part, the daughter of idlenss."

ともいいますが...。(Samuel Johnson)

  (なお上記二つの英文どちらもNHK実践ビジネス英語2009年10月号所収)

* ちなみに、この失敗談は、私の契約実務セミナーで時々お話しさせていただいております。次回セミナー(大阪開催)は、今月10月20日大阪です。まだ間に合います。

 契約実務セミナーの案内は→こちらのページをご覧ください

思わず遅くなってしまいました。
おやすみなさい。

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