プロフェッショナルの流儀

NHKの番組に「プロフェッショナルの流儀」というプロフェッショナル紹介番組があります。

先日夜更かしをしているとき、とあるデザイナーがデザインを生み出すまでの過程を詳細に報じていました。
また、それに続けて、日本最高の賞を3年連続で獲得し、1キロ1500円以上と、通常のお米の5倍程度で売買されるコメを生産されている農家の流儀を放送していました。

このお二方、方や都会の最先端の商品開発、デザイン開発に携わり、イメージ的には、アイデア勝負、といった感があるのに対し、方や、毎朝6時前に起きて6時から稲と一緒にラジオ体操し、刈り取りまでを見守るいわば忍耐勝負といった感じがありますので、いわば対極にあるように思われました。

ただ、お二方がその仕事のでそろって口に出していた言葉が、「現場」「現実」を知ることが重要だ、ということだったように思われました。

デザインをするときも、そのデザインを纏う商品がどのような苦労の元どのようにしてどこで出来るのか、それなくして、単にデザインだけが表にでてしまうと、デザインが独り歩きし商品が埋没してしまう。だから、商品の生い立ちを知り、その事実を知った上で、デザインにそれがにじみ出てこなければならない。概ねそんな感じのことをおっしゃっていたように思います。

一方、農家の方は、無農薬、有機農法で大変なご苦労をされてここまでやってこられたとのことで、特徴的なのは、どんな時も、稲に声をかけ稲に触り、水や土に触り、その状況を身をもってまさに「感じ」、刻々と変化する条件に対応した対応をされていたことでした。
そして、この農家の方が「プロとは?」と聞かれて「稲を知ること」だと答えていらっしゃいました。

まったく似ていない仕事なのに、「現実」しっかりと把握することがとても重要な要素となっていることに、偶然とは思えない驚きを覚えました。

私の仕事は、契約書を作成することです。

「契約書は、いかに自分に有利な条項を織り込むことができるかが勝負だ」と公言してはばからない方もおられるようですが、それでは自分の依頼者側の当事者にとってすら、満足のいくものにはならないように思われるのです。

よりよい契約を作るために重要なのは、契約という抽象的な条項のベースにある「事実」「現実」をよく知らねばならない、というまさに上の二人の言葉と同じなのではないか、ということです。
仕事や物の流れがどのようになっているかをまず知らずして、契約上のリスクなどわかるはずもありません。せいぜい準拠法や仲裁地、債権譲渡、その他純粋に法律的に考えれば済むことしか、浮かんでこないことでしょう。

その意味で、契約の「プロフェッショナル」になるには、やはりいかに現場、現実を把握しそれに根差したリスクを想起して潰していけるか、そこにかかっているのだろうと、改めて認識した次第です。

ではわが身を振り返ってどうかというと、しっかり仕事の中身や手続き、目的物の性質等を理解しようと努めてはいるものの、足りない中で作成作ってしまった、あるいは作らざるを得なかった契約がまだまだ多いように思います。
もちろん、事実を把握することには時間がかかるものです。でも、それを地道にやっていくことしか、良い契約を作成する方法はないのではないか。それをこれらの2つの番組が、再認識させてくれたように思われました。


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