民法改正~2~内田貴「民法改正:契約のルールが百年ぶりに変わる」

前回のブログに引き続き、民法改正に関して最近発行された本のうち、内田貴先生の「民法改正:契約のルールが百年ぶりに変わる」(筑摩書房、760円+税)をご紹介します。
内田先生は、東大教授を辞められ、法制審議会民法(債権関係)改正部会の参与として、契約法改正を推進されておられます。東大出版会から出されている民法?~?という民法の体系書はあまりに有名です。



本著では、まず、各国の市場取引に関する法およびその改正動向と、日本民法の「遅れ」、そしてその遅れが世界単一マーケット化している現状において、日本企業にとってどのようなデメリット=「コスト」が発生しているかを書かれています。

ドイツやフランス等の先進国でも近年の取引に応じた民法改正が既になされているとともに、途上国においても最新版が制定されている状況を、コンパクトにまとめておられます。この部分は、断片的な知識としてはあっても、なかなかまとめて整理・概観することは難しいものだと思いますので、とても参考になります。

そのうえで、日本民法の生い立ちと、その生い立ちが原因となって今のような「抽象的」な条文になっていること、そしてその問題点、すなわち「国民にわかりにくい」民法になってしまっている点をあぶりだし、今回の改正の方向性への記述へと展開されています。

後半では、「民法の現代化」という表題の下、「消滅時効」、「法定利率」、「約款」(これは先生のお得意の分野です)、「サービス契約」といった個々の論点を概説するとともに、「自然災害と契約法」と題して今回の東日本大震災にも触れつつ、事情変更の原則の明文化の是非について述べておられます。

ちなみに、内田先生は、事情変更の原則(契約改定権)の採用については積極論者と思われます。

この点は非常に議論のあるところだと思います。一般条項としてではなく精緻な要件提示が可能であれば、契約改定条項を入れることも可能であろうとは思いますが、契約書の使命たる「予測可能性」の向上という観点からは、問題となるように(私には)思われます。

最後に、わかりやすい民法の制定、「書いていない」民法から「多くが書かれている」民法への脱却が、日本経済の成長戦略にとって大変重要ではないかという提言をされています。なぜならば、書かれていない民法の持つ「法務コスト」はばかにならないからだ、と説明されています。

私は、本当に民法が現代化すると、日本の成長戦略に資するところがあるのかどうかは、若干疑問の余地があるかとは思います。
しかし、日本国民や日本社会の現代化という観点からは、開かれた=読めばわかる民法の制定は、非常に大切だと思われます。
「お上に任せとけばよい」という日本人特有の意識の表れの象徴が「読めない民法」であり、たとえ民法には書いていなくても学者や裁判官の言うことが「きっと」正しい、いわば「ご無理ごもっとも」的な発想がその根底にあるのではないかとも思います。

内田先生はそこまでは明記されていないようですので、これらは私自信の意見になりますが、小泉さんが首相になって以来「自己責任」が各国民に突きつけられている中で、法律特に民法のように生活に深くかかわる条項が分かりやすくなることは、自己責任を全うするためにも必須なことでしょう。
自己責任のみを要求する一方で、重要なことは「知らしむべからず」ということでは、片手落ちです。
賢い消費者、賢い中小企業を生み出してこそ初めて自己責任を問えるのだと思います。

本書を読み、民法をいち早く改正し読んでわかるものにすることは、国民の近代化という意味でもとても大事なのだと気づかされた次第です。


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