民法改正~個別論点1「事情変更の原則」

民法(債権関係)の改正の論点について、まず、「事情変更の原則」を取り上げます。

事情変更の原則採用(明文化)の是非は、法制審議会民法改正部会の「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第57番目に論点として掲げられています。

事情変更の原則とは、長期の契約関係において、経済/社会環境等の事情が当初考えられなかったような状態に変化し、その結果、当該契約をそのまま継続することが妥当でない(一方の義務を履行させることが公平ではない)と考えられるようになった場合、当該当事者からの契約条件の修正や解除を認めるべきではないか、という原則です。

消費者関連契約や労働契約など、もともと情報に格差のある当事者間の契約であれば、情報弱者である消費者や労働者側に事情変更の原則を適用することはそれなりに意味があると思われます。
しかしながら、情報格差のない(僅少な)企業間取引においては、予見不可能な事情の変更をベースに契約解除や条件の改訂を求める「権利」を与えることは、いたずらに取引の安全性、安定性を欠くことになるように思います。契約の最大の目的たる「予見可能性」が失われることは、「契約」の存在意義をも失わせる可能性があるようにさえ思われます。

一般的に企業間取引では契約締結の段階であらゆる可能性を考慮して契約条件を定める努力をするものです。したがって、予見できなかったことは「仕方のないこと」なのではなく、「検討がお粗末だった」ということでしかないと思われます。
(少し外れますが東京電力が津波を「予測できなかった」と言っているのは、同じように仕方ないことではなくまさに「検討がお粗末だった」と言えるように思われます。但し東電の問題は事情変更の原則ではなく不可抗力の問題ですが。)
事情変更の原則を明文化することは、契約交渉中に検討がお粗末だった当事者が保護され、検討を尽くした当事者が損をする、というような結果にすらなる恐れがあるように思われます。

第57の論点説明では、濫用の恐れが増加すること、信義則を用いれば済む、あるいは契約解釈の問題として考えればよい、との指摘がある一方、濫用防止のためには明文化して要件を明確にするべきだ、という考えも示されています。

確かに、「要件を明確化」するためには、条文化した方が良いかもしれません。
ただ、条文化するに当たっては、上記の趣旨から「予見可能ではなかった」ことの定義を明確にする必要があるでしょう。

なお、これまでの判例で定式化されている要件としては、次の4点が挙げられます。

1) 契約成立当時にその基礎とされていた事情が変更したこと,
2) 契約締結当時に当事者が事情の変更を予見できなかったこと,
3) 事情の変更が当事者の責めに帰することのできない事由により生じたこと,
4) 事情変更の結果,当初の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当と認められること

ただ、最高裁で事情変更の原則の適用が認められたのは、戦時下において1件あるのみだといわれており(*「実務契約法講義」(佐藤孝幸著、民事法研究会P66)、そのような例外的な判決をベースに事情変更の原則を採用する必要があるのか、非常に疑問です。

なお、現在の法律では、例えば借地借家法において事情変更の原則の法理が明文化されているとみられるものがあります。
借地借家法11条及び32条の地代・借賃増減額請求権です。

要件としては、
1)租税その他の負担の増減、
2)土地(建物)の価格の増加または低下その他経済事情の変動、又は
3)近傍同種の土地(建物)の地代(借賃)と比べ不相当になった時
には、将来に向かって地代(借賃)の増額または減額請求ができる、というものです。

これは、借地借家関係という極めて特定された契約関係においてのみ適用されるものであり、増減額請求がなされる状況、範囲等についてある程度予測できる範囲にあります。

従って、濫用の危険性も少ないし、弊害も少ないように思います。
このような具体的法律関係を想定できるのであれば、事情変更の原則の明文化も可能ではないかと思います。

しかし、一般規定として明文化することは、一般規定であるがゆえにその要件が抽象的なものにならざるを得ず、従って濫用のおそれは極めて高くなると考えられます。

上記借地借家法のような個別法規において具体的な状況を念頭に置いた事情変更原則の明文化ではなく、一般規定として当該原則を明文化することは、どんなに意を用いたとしても抽象的な要件となることは免れないことから、あまり望ましいことではないのではないでしょうか。



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