民法改正~個別論点2「不安の抗弁権」

民法(債権関係)の改正の論点について、2番目に、「不安の抗弁権」を取り上げます。

不安の抗弁権の採用(明文化)の是非は、法制審議会民法改正部会の「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第58番目に論点として掲げられています。

これまで述べてきました「事情変更の原則」は、事情が変わったら契約条件の一方的変更や解除を認めるかどうか、という点にかかわる原則でした。

これから述べる「不安の抗弁権」は、契約の内容や効力(解除)には直接結び付くものではなく、債務者である甲がその債務を履行しようとした時に、相手方乙に何らかの不安を覚えた、つまり乙が反対債務を履行してもらえないのではないかと甲が不安に思った場合、甲が一定期間その債務の履行をしなくても、甲が債務不履行責任に問われることはない、という効果を持つ制度といわれています。

不安の抗弁権の制度化も、前述の事情変更の原則と同様に、どんな場合に、どんな不安な状況が生じた場合に、自分の債務の履行を拒めるか、という要件を定立することが難しいことにあり、あいまいな要件では濫用の恐れがある、という難点があります。
そして、同時に契約の使命たる「予測可能性」に幾ばくかのマイナス効果がある、ということです。

ただ、事情変更の原則と異なるのは、
不安の抗弁権が認められた場合であっても、契約の対価が変更になったり、契約が解除になる、という重大な結果を生じるのではなく、不可抗力の場合と同様に、抗弁として、依然として自己の債務を負いつつ、一定期間、その債務の履行をせずとも債務不履行責任に問われない、という免責的な効果があるにすぎません

契約は、双方の公平感の上に締結されるものであり、対価変更や契約解除といった当事者間の大きなバランスに影響する「事情変更の原則」を受け入れるには、多大な困難と精緻で「具体的」なシチュエーション、法的状況に応じた作業が必要になると思われます。

しかし、「不安の抗弁権」は、あくまでも「抗弁権」として作用するだけですから、契約の重要な債権債務関係が変動し両方のバランスが大幅にくずれるという恐れは、「事情変更の原則」よりも小さいように思われます。

特に、相手方が経済的苦境に陥っていて、自分の商品を納めても代金を支払ってくれる見通しはほとんどない、そういう状況になった場合、契約上、先履行義務を負っている当事者を救う手段として「不安の抗弁」を認めてもおかしいとは思われません。

ここで、事情変更の原則が「契約の使命たる予測可能性」を損なうから反対だ、と私は申し上げましたが、「不安の抗弁権」については、(もちろん要件を精緻に、具体的な事情ごとに分けて定立していくことは肝要だと思いますが)、契約当初と変わったのは一方当事者の信用状況の悪化、信頼関係の悪化という当事者がらみの状況であり、そもそも不安の抗弁を提出する相手側に多少の帰責性がある場合です。

つまり、期限の利益喪失条項と同様、相手方の信用状況が悪化すれば契約通りの履行をしなくてもよい、と考えることは、そもそも契約上の予測可能性を低めるわけではなく、逆に「当然そうだろうな」という納得感さえ抱くのです

ここに、契約改変・解除という契約を根底から変動させてしまうものと、そうではなく契約の枠組みの中で抗弁として作用するものとの相違があるように思います。

事情変更の原則
の場合、契約当事者が予見可能でなかったことが最大の論点となるでしょうが、企業間取引においては、大抵のことは予見可能であるとされるものと思います。

だから、事情変更の原則の場合、要件が裁判所によって古くから定立されているにもかかわらず、実際に当該原則が適用され契約条件の変更や解除が認められた例が極めて少ないわけです。

しかし、契約締結後、相手方の信用状況がガラッと変わってしまう、倒産しかねない、という状況になるかどうかは、極めて予測不可能でしょう。

(特に、新たに企業間取引をする場合、相手方の信用状態を良く検討して契約関係に入るのが通常ですから、その後相手方の経営が傾くとか、キャッシュが不足する、といった事態が起こるだろうと予期して契約関係に入る企業は、普通は考えられません。)

従って、不安の抗弁権を認めることは、逆に、相手方の信用状態に悪い変化があった場合には、とりあえず自己の債務の履行を拒んで様子を見ることができるという安心感を与えるのであり、予測可能性を大きく損なうことはないように思われます

ただ、消費者取引労働契約等において、企業側からの抗弁の主張を認めるのはどうかと思いますので、それら情報格差がある契約類型においては、情報弱者からのみ抗弁を認めるとするなどの手当ては必要であり、その限りにおいて、前期「事情変更の原則」で私が申し上げた、法律事象、具体的な法律関係ごとに細かく要件をあぶりだしていくことが求められることは、この「不安の抗弁権」に関しても同様だと思われます。

それを踏まえたとしても、事情変更の原則とは結論的には異なり、不安の抗弁権の客観的な要件設定化については、肯定的に考えてよいのではないかと思っております。

なお、比較法的にみると、国連ウィーン条約では不安の抗弁権は採用されており(条約71条)、米国UCC第2-609条でも明文化されています。

また中国民法総則第68条でも不安の抗弁権は認められています。
(中国における事情変更原則は、条文としては制定直前に削除されましたが、司法裁判所に付与された中国特有の立法作用により、事情変更の原則は事実上採用されていると考えてよいと、言われています。)

但し、不安の抗弁権も、「約束は守らなければならない」という契約原則に対する例外規定であることは、事情変更原則と変わらないわけですから、やはり慎重な要件定立を考える必要があるでしょう。



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