民法改正~個別論点6「不可抗力免責条項」-2

不可抗力条項について~前回からの続きです。


前回は、不可抗力の中身が何かは、非常に不明確だ、ということを書きました。

そこでの例として、
 「従業員のストライキ」や「ロックアウト」は、不可抗力なのか?
 「部品等の納入業者の責めによりその部品の納入が遅滞したこと」によって、製造が遅れ、相手先への製品の納入が遅延した場合は、不可抗力なのか?
という2点を挙げさせていただきました。


この2点に関し、英米との契約書では、大抵、どちらか又は両方とも「不可抗力」事由の具体例として免責の対象となっています。

問題なのは、日本企業間の前述のような内容の契約であれば、この二つの事由が不可抗力なのかどうかということを、裁判で争わざるを得ないにも関わらず、その指針となるものが存在しない、ということです。

日本企業間の契約においても、国際間契約のように不可抗力をきちんと定義すれば済むとも言えます。

しかし、そもそもの問題は、民法で「不可抗力」という言葉を、何の定義もなく漠然と用いていることではないかと思います。
それこそ、現行民法が世界の標準となれない大きな理由だと審議会の内田貴先生がおっしゃっている「読めないテキスト」=法文には書いておらず、学者の解釈とか判例を詳しくしらべて初めてわかるような民法条文の一つの例だと思われます。

しかも、実際の取引において、何が不可抗力で免責されるのかということは、非常に重要なポイントになるのです。
東日本大震災のような自然災害の場合ですら、東電が不可抗力免責を受けられるかどうか、実は微妙なわけであり、関係法令の制定過程(国会答弁)などを考慮したりして、その限界を定めているような状況です。
ましてや、企業間の取引において漠然と「不可抗力」という用語が用いられているのは大きな問題であり、現象面では弱小企業側が泣き寝入りしているのが現状ではないかと推測されます。

いつも申し上げますが、契約の問題は「予測可能性」をいかに高められるか、ということが中心的な方向性であると思います。

そして、不可抗力については、それが金銭債務の場合であっても認められるべきかどうかを議論する前に、何が不可抗力なのかを定義することが先決だと思います。

もっとも、この点については、債務不履行の要件である「債務者の責めに帰すべき事由」をどのようなものと考えるか、という点と大きく関係しています。

判例はこれを「故意・過失」と同視しているわけではなく、債務不履行の認定にあたり、債権者側が積極的に故意・過失を立証する必要はないようです。また、現在までほとんど債務者に過失がないとして免責を認めた判例はないといわれています。

また、世界的には、そもそも債務を履行するのは当たり前のことであって、原則免責は認められない、とする考えが主流だと思われます。

例えば、ウィーン売買条約は、契約違反のみを損害賠償の要件としており(45条)、過失の有無は関係ありません。つまり過失がなくても原則として契約通りの給付を行わなかった債務者は賠償義務を負うわけですが、そのような厳格な責任を免責する要件として、不可抗力(79条)の定めが存在していると考えられます。

契約の予測可能性の担保という観点からみて、日本民法もこのような単純な構造にしたうえで、少なくとも何が不可抗力なのかということの定義を(できるだけ具体的に)設けることが、何よりも大事だと思われます。



民法改正~個別論点6「不可抗力免責条項」-1

「不可抗力免責」については、法制審議会民法改正部会「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第6番目(金銭債務の特則)の一つ目の論点として掲げられています。

現行民法においては、第419条において金銭債務の特則として3つの点が掲げられています。

その一つ目は、金銭債務の不履行の場合の損害賠償額は法定利率によるとするもの、
二つ目は、前述の損害賠償請求において債権者はその損害額の立証を要しないとするもの、
そして三つ目として、当該「損害賠償については、債務者は、不可抗力を持って抗弁とすることができない」という定めがおかれています。

これに対し審議会中間論点では、

「...民法第419条第3項の合理性に疑問を呈し,(金銭債務であっても)一定の免責の余地を認めるべきであるとする考え方に関し...債務不履行の一般則による免責を認める(との考えと)....金銭債務の特則を残した上で不可抗力免責のみを認めるという意見等がある....免責を認めることの可否及び免責を認める場合の具体的な要件の在り方について,更に検討してはどうか。」
とされています。

つまり、不可抗力免責を金銭債務にも拡大すべきかどうか、という方向から議論がされている模様です。

しかしながら、そもそも不可抗力に関する契約実務上の最大の問題点は、

    何が不可抗力であるかが非常に不明確である、

ということだと私は考えています。

こと国際的な契約においては、非金銭債務に関して不可抗力免責が認められる場合を、具体的に列挙して、可能な限り明確にしていこうとする姿勢が見られます。

しかしながら、日本企業間の契約では、不可抗力に対して一切言及がないか、仮に言及されていたとしても、「不可抗力の場合、債務者は責任を負わない」程度にしか記載されないのが普通です。

でも、例えば、「従業員のストライキ」や「ロックアウト」は、不可抗力なのでしょうか?

また、「部品等の納入業者の責めによりその部品の納入が遅滞したこと」によって、製造が遅れ、相手先への製品の納入が遅延した場合は、不可抗力なのでしょうか?

個人的な感想から「何となく」言わせてもらうと、従業員のマネジメントがうまくいかなかった結果として発生した労働争議が不可抗力というのも変な感じがします。
同様に、自ら起用した下請け部品メーカーの責めによる納入遅延が不可抗力と言っていいのか、はなはだ疑問に思います。

でも、現状では、契約でしっかり具体的に取り決めていない限り、これらが不可抗力なのかどうかを判断する基準がほとんどありません。

これが非常に問題だと思われます。

(長くなりましたので、次回へ持ち越します)

民法改正~個別論点5「契約交渉段階の不当破棄」-2

~昨日からの続きです~

「契約交渉段階の不当破棄」の点は、法制審議会民法改正部会「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第23番目(契約交渉段階)の一つ目の論点として掲げられています。

昨日は、企業間で交渉が長期化・複雑化していること、および中間論点での問題のされ方について、概略してまいりました。
今日は少し具体的に要件を考えてみようと思います。

判例で現れた契約交渉段階での不当破棄の事例は、具体的には次のようなものです(ほんの一例であり、非常に多数の判決があります)。

1)間違いなく開発の委託をするかのようなうまい話を持ちかけておき、先方に試作品を作らせたりした経緯があるにもかかわらず、最終的には開発委託を行わなかった場合に、当該最終委託が、委託主の海外親会社が最終決定する権限を有していたことを受託側が知っていたにも関わらず、委託側企業に信義則違反があるとした例、

2)マンションを買おうとしていた歯科医師が、色々と売主に注文をつけたり、電源の増設をにおわし、売主が電源増設を実施し、歯科医に報告したのに、歯科医が反論を述べなかった等の事情の場合、歯科医側に信義則違反がある、とした例、
などです。

このような多数の判例による判示がある中で、どうやって、妥当な要件を抽出していくかがポイントでしょう。

では、この点をどう考えていけばよいのでしょうか?

情報格差のある対消費者契約や対労働者契約の場合には、情報弱者側からの突然の契約破棄は、必ずしも不当破棄とは言えないでしょうし、話が複雑になりますので、少なくともここでは除外して考えるべきだと思います。

企業間に絞った話であれば、先日の私のブログでも書いたように「どちらが情報弱者かがわからない」ことが多いと思われます。単に買主だから強い、というわけでもないと思います。

そのような中で、どのような要件のもとに、不当破棄の法理を条文化していくのか、かなり難問でしょう。

ただ、契約の不当破棄の問題は、所詮、契約上の義務の問題ではありません。

この問題は、不法行為責任の問題なわけです。
契約に付随する問題ではあるものの、契約の効果として直接出てくる問題ではありません。

従って、その要件や効果について、現在でも不法行為という漠然としたものに依拠しているわけであり、少なくとも「契約の予測可能性」の阻害の点では、とりたてて問題はない部分の論点だと言えるでしょう。

成立した契約の効力等の問題に影響を与えないのですから、従来の不法行為の枠組みの中で要件が不明確であった点を極力明確化すれば、それだけ取引やビジネスに資するのではいかと(少し乱暴ですが)思われるのです。

意見の中には「濫用」を心配する声もあるようですが、現在でも主張の論拠は「不法行為」なのですから、濫用の危険は既に存在しているわけです。
それを少しでも明確にしていこうとする取り組みは、正しい方向のように思われます。

(この点、先に述べた「事情変更の原則」とは、見解を異にしています。事情変更の原則は、一旦成立した契約の効力を変化させるところに意義があるわけであり、契約の予測可能性を低め、かつ濫用の危険が非常に大きいと思われるからです。)


民法改正~個別論点5「契約交渉段階の不当破棄」-1

「契約交渉段階の不当破棄」の点は、法制審議会民法改正部会「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第23番目(契約交渉段階)の一つ目の論点として掲げられています。

私が学生であった頃(昭和54年~60年)は、いわゆる「契約締結上の過失」といわれていた問題ですが、最近は、契約プロセス理論なる用語の下、交渉段階の不当破棄、として論ぜらることが多いようです。

この論点は、あくまでも契約締結が完了する以前の問題ですから、理論的には、「契約責任」の問題ではなくて「不法行為責任」の問題として論ぜられています。

そもそも、近代私法の考え方でいけば、契約が締結されるまでは何らの権利も有さず義務も負わないというのが本来の姿ですね。

契約が締結されたら義務を負うが、締結されるまでは、テーブルを蹴って交渉を終わらせることができる、それが近代市民社会のモデルであったわけです。

当然、現行民法が制定された当初、学者が念頭に置いていた「現物売買(=大根売買)」などでは、交渉といってもせいぜい多少値切ったり、痛みがある部分を除外したり、という程度でしょう。

ですから、契約交渉段階の不当破棄といっても、ほとんど問題にはならなかったわけです。

しかし、現代の企業間の契約を考えた場合、お互いの当事者が会ってすぐ契約締結になることは稀でしょう。

むしろ、長期間の交渉を経て、最終的な契約文言にたどりつくことが、ますます多くなってきているように思われます。

というのも、従来、契約書の文言が抽象的・非具体的で、むしろ、契約締結後に交渉して色々決めていきましょう、というスタンスの契約が多かったようですが、現代では、英米流の契約交渉が日本企業間でなされることもしばしばであり、各企業におけるコンプライアンスやリスク管理の高度化、個人情報管理の要請などから、契約条項も長文化、具体化、詳細化が進んでいるように思われます。

(そのひとつの先駆的な例が、情報サービス産業協会が作成した「ソフトウェア開発委託取引契約」のモデルひな形だと思います。そこでは、システム開発委託に関して、昭和61年から数回にわたって改訂を繰り返しています。
(ネットでも最新版である平成20年版が参照できます。次を参照してください。

http://www.jisa.or.jp/legal/download/contract_model2008.pdf

 「JISA「ソフトウェア開発委託基本モデル契約」

このモデル契約では、A案、B案併記となっている部分もあるために長くなっているとも言えますが、条項数では、57条となっており、これまでの多くの取引基本契約などを圧倒的に凌駕するヴォリュームとなっています。

さて、話を元に戻しますが、このように、企業間契約では交渉が非常に長期に及ぶようになってきており、契約書条項が決まらないうちから、先行的に製造や開発を開始するような例も多数見受けられます。

そのような事情を背景として、従来は国際契約で問題になることが多かった標記「契約交渉段階の不当破棄」の問題が、国内でも考えられるようになってきており、昭和60年代以降、多くの最高裁判例を含めた判例が出されてきているわけです。


この問題につき、部会資料では、次のように問題提起されています。
<~A),B),C)等は、筆者挿入>

「第23 契約交渉段階
1 契約交渉の不当破棄
A) 当事者は契約を締結
するかどうかの自由を有し,いったん契約交渉を開始しても自由に破棄することができるのが原則であるが,交渉経緯によって契約交渉を不当に破棄したと評価される者が信義則上相手方に対する損害賠償義務を負う場合があることは従来から判例上も認められていることから,契約交渉の不当破棄に関する法理を条文上明記すべきであるとの考え方がある。

B) これに対しては,契約交渉の破棄が不当であるかどうかは個別の事案に応じて判断される事柄であり,一般的な規定を設けるのは困難であるとの指摘や,規定を設けると悪用されるおそれがあるとの指摘,特定の場面について信義則を具体化することによって信義則の一般規定としての性格が不明確になるとの指摘などもあることから,

C) 契約交渉の不当破棄に関する規定を設けるという上記の考え方の当否について,規定の具体的な内容を含めて,更に検討してはどうか。

D)これを明文化する場合の規定内容を検討するに当たっては,

E)損害賠償の要件に関しては契約交渉の破棄が原則として自由であることに留意した適切な要件の絞り込みの在り方が,

F)効果に関しては損害賠償の範囲や時効期間等がそれぞれ問題になることから,これらについて,契約交渉の不当破棄に基づく損害賠償責任の法的性質などにも留意しながら,更に検討してはどうか。」

この中でも触れられているように、多数の判例による判示がある中で、どうやって、妥当な要件を抽出できるか、ということがポイントでしょう。

では、この点をどう考えていけばよいのでしょうか?

(→申し訳ありません。長くなりましたので、明日に引き続かせてください。)


民法改正~個別論点4「条項使用者不利の原則」

少し間が空いてしまいましたが、民法(債権関係)の改正の論点について、4番目に、「条項使用者不利の原則」を取り上げます。

条項使用者不利の原則の採用(明文化)の是非は、法制審議会民法改正部会の「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」第59番目(契約解釈)の3つめの論点として掲げられています。

ここでいう「条項使用者」とは、「あらかじめ当該条項を準備した側の当事者」を意味しています。

そして「条項使用者不利の原則」は、ある契約条項の解釈が争われた場合において、あらかじめ当該条項を準備した側の当事者の不利に、当該条項を解釈する、という原則です。

このような考え方は、英米法でも採用されており(いわゆるcontra proferentemの原則)、契約作成者が弁護士や専門家の手を借りて起草された場合に適用されるといわれています。

特に、保険契約等の約款で過度の免責が規定されている場合等に、当該免責条項を否定する解釈の道具として利用されることが多いといわれています(樋口範雄著:アメリカ契約法、弘文堂p165など)。

国連の動産売買ウィーン条約では明確な記載はありませんが、第8条第3項で、

In determining the intent of a party or the understanding a reasonable person would have had, due consideration is to be given to all relevant circumstances of the case including the negotiations, any practices which the parties have established between themselves, usages and any subsequent conduct of the parties.

(当事者の意図又は合理的な者が有したであろう理解を決定するに当たっては、関連するすべての状況(交渉、当事者間で確立した慣行、慣習及び当事者の事後の行為を含む。)に妥当な考慮を払う。)

との定めがあり、その中で考慮される可能性が全くないとは言えないように思います。

さて、このような「条項使用者不利の原則」「起草者不利の原則」を民法の解釈の一般論として規定することが妥当でしょうか?

民法には、信義誠実の原則というものがあります(民法1条2項)。
お互いに信義誠実に反するような権利の行使や義務の履行をしてはならない、という指導原理ですが、契約交渉という未だ明確に権利義務が定まっていない間においても、適用される原理だと思います。
(いわゆる契約締結上の過失~契約プロセスにおける信義誠実義務の問題として、既に多数の判例が認めるところです。)

そして、上記の「起草者不利の原則」は、この信義誠実の原則の一つの表れとも考えられます。
従って、解釈論としては、現在の規定でも十分対応できる可能性があります。

では、この起草者不利の原則を取り出して、契約の成立に関する指導原理として規定することにつき、どう考えたらよいのでしょうか?

企業間の契約では、大企業側、あるいは契約上有利な立場にある側(例えば買主側)が契約を起草すると決まっているわけではありません。大企業側がひな形を用意している場合も多いでしょうが、取引業者に契約案を出させる場合も決して少なくありません。

確かに、大企業側が起草しないのは、その企業にとってあまり馴染みのない領域に関する契約の場合、例えば、システムに疎い大企業がシステム会社にシステム開発を委託する場合、システム会社から出される契約に基づくことが多いとは思います。

とはいっても、必ずそうであるとは限りませんし、システム会社が常に顧客より弱い立場にあるとも限りません。

企業間取引において、一般論として、起草者不利の原則を働かせることは、必ずしも弱者の保護になるわけではありません。返って無用な憶測を呼び、契約の根本的使命である予測可能性を害する可能性もあるように思われます。

但し、企業間取引であっても明らかに優劣の差があるような、上記保険契約約款のような場合や、企業対消費者、企業対労働者間の契約の場合には、敢えてこれを規定する意味があるように思います。

ただ、後者の消費者や労働者の契約の場合は、当該解釈原理を適用すると宣言しても、あまり問題はないと思われますが、前者の企業間の場合、適用される場面をどのように限定していくかが問題になるでしょう。

立法技術的にどのようにすべきかは、専門家に任せたいと思いますが、可能な限り、具体的で解釈の幅の少ない定め方を期待したいと思います。

適用となる場合を「制限列挙」することでも構わないように思います。「つぎはぎ」になる可能性即ち頻繁な法改正が必要となる恐れはありますが。